エクリチュールする板…掲示板
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世界プルルン滞在記
世界プルルン滞在記 記事数 [1]最終更新日時 [2012/02/14 12:06:52]
キタキタキタ!!!!遂にこのサイトが始動しました!http://www.kingandqueens.info/movies
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自動翻訳と自動ルビ
うるかみるく 記事数 [1]最終更新日時 [2008/06/28 09:15:05]
文字テキストですと、他国語に翻訳したりルビ振ってくれるケースがあります。インターネットの普及に伴って発達した機能ですが、正直わけわからない展開になってしまうことがあります。

まず自動ルビから。
http://trans.hiragana.jp/ruby/http://southernhosp.x0.com/novel01/prologue.html

安達(あんたつ)おじぃが勝手に「あだち」にされて、本来のルビはかっこつきで横にでているし、しかも途中で日本語ルビ消えてバグってます。
あたしは沖縄方言を表記するのに、日本語表記を借りてつかっていますので、こんな具合に自動でルビふられちゃうと、沖縄方言の発音を表記できなくなっちゃって、どうしよう? ってことになります。
つまり、形態素(morphome)にもとづいてルビをふるという行為にそれほど変わりはないのですが、まず発音が違うんです。
で、沖縄語の発音は(日本語も厳密にはそうなんですが)語幹は子音で終わるケースが多いです。ですから、(Prologueでは使っていないんですが)「とりたて」の表現になると、語尾に小さな「ぁ」とか「ぇ」とか「ぉ」とかいろいろ添えることがあります。

そうだな、「とりたて」の用例としてPart3Ch.11の勉君のせりふ:
「あ、やれー(なら)、サンシンぇー弾ちゆーすっさー」

意味的には「あ、なら、サンシンは弾くことが出来るぞ」なんですが、「サンシンや」の部分が強まって(これが「とりたて」用法)「サンシンぇー」になってます。
サンシンという単語にたまたまルビを振る必要はないように見えますが、通常、沖縄の人はサンシンを「三線」「三弦」「三絃」と書きますよね? そうすると、自動的に振られちゃうルビは「さんせん」「さんげん」になっちゃって、それに小さな「ぇ」がついたら、管理人が意図する発音/sanshin'ee/から、かなり離れた結果になってしまうわけですよ。

だから、さあ。沖縄方言の表記が大変って、わかるでしょ??(号泣)

で、こんな表記をしていて自動翻訳されるんですね。この場合は韓国語です。

http://j2k.naver.com/j2k.php/korean/southernhosp.x0.com//novel01/prologue.html
それって、例の表記法を韓国語にしたわけで。
読めるんですかね……。正しいんですかね……。
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顔文字の……(このメアドは存在しないよーん)
うるかみるく 記事数 [3]最終更新日時 [2008/06/28 08:58:47]
http://www.kaomojinavi.net/ というサイトに、興味深い論がありましたので引用します。

文字は、欧米ではフェイスマークと呼ばれ、ビジネスメールはもとより、通常のメールにおいても、余り使われることはありません。 欧米においては、顔文字の社会的地位は非常に低いのです。
これは、欧米の文字コードが1バイトであるため、顔文字の表現の幅に限界があるからです。
日本のように、2バイト文字の使用が可能だと、1バイト文字とも組合わせて多種多様な顔文字の作成が可能です。
日本において、顔文字が文化として開花したのは、2バイト文字による顔文字表現の多様性によって 顔文字を選ぶ・使う楽しみ、見る楽しみが、書き手・読み手の双方に生まれたからです。

なお、顔文字の歴史etc.については
http://www.kaomoji.com/kao/zatugaku.htm にくわしいです。

つづきはレスでつけています。
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(・ω・ノ)ノ顔文字の四枚目3/3
はるおまつみ 記事数 [2]最終更新日時 [2006/01/25 23:09:30]
 いよいよ擬態語……には、ニギニギ(握る)・フックラ(膨れる)・デップリ(デブ)・ユラリ(揺らす)・ウネウネ(畝る)・クネクネ(くねる)・ノロノロ(のろい)・ブラリ(ぶら下がる)など出処進退が窺えるもの(後のものほど実は逆ではないかとも思えるのだが)から〜のたり・ひょっこり・ぴったり・こちょこちょ・ぐでんぐでん・へろへろなど (P_^;)には見当もつかないものや、ザワザワ・ビショビショ・ギユッ・バタンキューなど擬音語との境界線上にある(すると擬音と擬態は境界を接しているのか)ようなものまである。チンチロリンのカックンなどは、明らかな混合体だろう。ひょっとして、音のリズムや旋律を「擬態」しているのかもしれない。
 擬音も擬態もその基本的仕組みは「模写」だろう。音の方は単純といえば単純と一応\(・_\) (/_・)/コッチニオイトイテ、
擬態…物理的な有様を「言葉」に模写するとはどういうことなのか。ポックリ逝くの「ポックリ」という擬態語は何を模写してどう擬態しているのやら。やおら話が哲学的心理学(心理学的哲学かな)めいてくる。その点では顔文字は擬態だと言っても、かなりなへそ曲がりの方でも納得されるのではないだろうか。顔文字と普通の文字との大きな違いはそういう辺りに見出すことができる。
 擬態語の方が奥が深いから顔文字も、というわけではない。擬態ということにピッタリきっちり嵌まりすぎているから、考える余地が殆ど無いのだ。
 いちおう単純な擬音語といえど、優れた表現者にかかれば立派な芸術にもなる。例えば宮沢賢治の詩に見られる方言を擬音したエクリチュールからは(音でしか表せないはずの)訛さえ感じられる。そして、その擬音語はエクリチュール全体と相俟って郷土色豊かな交響楽を奏でているようだ。

 この板の終わりに極上の擬態語の例をあげておこう。文脈が大切だから、比較的長い引用の末尾が「擬態語」である(まさか分らない人はいないだろうが)。
 なにを擬態しているのかは書いてある通り明白だが、その被擬態も含めた全体によって更に擬態されていることがらは、読者それぞれのことがらということになるだろう。
 *原テクストでは旧かな漢字や当て字が使われているが、ここでは引っかからずにスンナリ読まれるために、できる限り原文の雰囲気を損なわない範囲で現代語表記に直した。

幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
  今夜ここでの一と盛り
  今夜ここでの一と盛り

サーカス小屋は高い梁
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒さに手を垂れて
  汚れ木綿の屋根のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

                   中原中也<サーカス>
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(・ω・ノ)ノ顔文字の四枚目2/3
はるおまつみ 記事数 [1]最終更新日時 [2006/01/19 18:14:18]
 まず、擬音でも擬態語でもないが、目を皿(のよう)にするという慣用語がある。同じ(意味でなく)型に、目が点になるというのもあって、出典は漫画コミック辺りからで歴史は浅い。今はもう、目がドットとでも言うのかもしれないが。
 「目を皿にする」という表現を顔文字化すれば例えばこんな(◎o◎)ふうだろうか。顔文字など無かった時代にできた慣用語だから、実際には現実世界で(◎o◎)な表情をした人を見て「目が皿のようだ」と喩えてできたものだろう。その時まさにそれは比喩だった。
 だが、その比喩に人気がありブレイクし歴史を重ねると、いちいち(◎o◎)のようなイメージを経由しないで、直に「目を大きく見開いて…」を意味する慣用語となって比喩性は死に辞書に取り込まれる。命を絶たれ自然環境(コンテキスト)から切り離されて陳列される昆虫標本のようなものだ。目が点になる…は、皿と同じくらいに殆ど比喩性はなくなっているものの、まだ辞書には採集されていないようだ。そのままだと一過性の陳腐な言い回し(元比喩)というだけに終わり忘れ去られる運命だろう(・_・) だが忘れ去られてしまえば、再び命をもった比喩として使えることになる。その辺の栄枯盛衰を考えると、「目がドット」は面白い立場にいるのではないか。
 「目を皿にする」を(◎o◎)で表現することは、現実的な縁故・隣接関係にあって記述の節約を伴なう「換喩(メトニミー)」に分類される(ことは考える始まり)だろう。面白いのは、標本化されたことで忘れ去られることのない慣用語でも、(◎o◎)などに換喩することによりその比喩性を活性化させられることだ。

 さて擬音語……ハックション・コンコン・ゴホンゴホン・ゼーゼー・ハァハァ・、ウ〜ンなどは、その意味や字面(*´ο`*)=3によってイメージを喚起させるのではなく、発音(黙読も含めて)される「音」によって実際のクシャミならクシャミの音源を髣髴させる作用だろう(だからパフォーマー次第で意味?の強弱やリアリティが違ってくる)。この場合の「音」は、比喩的に顔文字に相当するとしておこう。
 擬音語には、つくつく法師のツクヅクホシイカネカネカネ、木の葉ずくのブッポウソウ、小ジュ鶏のチョットコイなど「空耳」の問題もあり、記号学は一般心理学部門の一部門を形作ることになろう…というソシュールの言もなるほどと肯ける、ともしておく。
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(・ω・ノ)ノ顔文字の四枚目1/3
はるおまつみ 記事数 [1]最終更新日時 [2006/01/19 18:05:17]
 規範というほどのものがないから自由すぎてダイナミックになれないといっても、その自由とは所詮「お釈迦様の掌の中」ならまだしも、そこは自分の掌の中でしかないのかもしれない。
 かといって、私たちはそのような状態から簡単に引越しできはしないし、引越し貧乏という警句もある。そんなときに便利なのが比喩あるいはレトリックであった。
 既存の枠組みをもって新しい物事を意味付け(枠組み)しようと試みることが「比喩」の醍醐味であるなら、既存の物事をその枠組から逸脱させてみる、多少ムリヤリにでも他の枠組みへ行ってみること…つまり、カテゴリー越えをすることで何か新しい「意味」とか「認識」とか、あるいは「笑い」とかを拾い上げることができそうである…「カタクレーズ」の意味を英語圏での<乱喩>の方の意味で注目したのは、こうした効果を望んでのことだった。
 <言語でも記号でもそれ自体を語る・分析するためには、メタ○○が必要になる。しかし、その対象が私たちの身に余るような巨大な例えば太陽のような場合、その全体を包括して眺められる宇宙(いや銀河系程度でいいから)規模の視界を私たちは持ちえるだろうか?"「(・_・ )(「・_・)"? たいがいのことなら言語・記号がその役目を引き受けるわけだが、なにしろ当の対象が…。ならばできそうなことは、水星にまで近付いて観察してみるか土星辺りまで遠退いて観てみるか、くらいだろう。そもそも、あまり収穫の期待できなそうな「顔文字」の考察を始めたわけも、僅かばかりの視点のズレによる「視界」に期待してのことだった>
 逸脱・ちょっと行ってみる・お出かけして視界をズレさせることを、妙な言い方だが「比喩<レトリックする」くらいに思っていただこう(^_^;)
           ┃電柱┃_・)ジー
 そこで大した逸脱ではないが…顔文字は100%視覚感受によるものだから、音声(そもそも記号論の家元の方ではこの方がメインなのだ)面をお座なりにしてきた償いというわけでもないが…音のカテゴリー近辺へお出かけして、擬態語について考えてみる。
 擬音語ではなく、なぜ擬態語かというと、擬音語ではそのまんまじゃん(笑) あくまでも「ちょっとお出かけ」であって、対立的・相対的・ネガティブな実体である「音素」から始めなければならないような現場は横文字の*ネガティブスピーカー達にまかせておきたい。擬態語のなかでも擬音語と紛らわしいもの、擬音語と擬態語が交じり合ったような表現を取り上げてみようというのだσ(・・?)
 * ネガティブスピーカーじゃ@(^ω^ノ)ノのことじゃん。むろんネィチブスピーカーのことだが、面白い書き間違いなので、このままにしておく。
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(・ω・ノ)ノ臨時リンクニュース
はるおまつみ 記事数 [3]最終更新日時 [2006/01/12 21:53:39]
 沖縄の ulkamilk さんが素適な頁をUPされました。
 エントランスは英語ですが、
なかほどの緑字〜JapaneseかEnglishをクリックしてください。
 たいがいはJapaneseの方だと思いますが、両方見れば英語の勉強にもなりますよ( ̄Д ̄)ノ オウッ

 http://southernhosp.x0.com/slide/index.html
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(・ω・ノ)ノ顔文字の三枚目
はるおまつみ 記事数 [1]最終更新日時 [2005/12/14 15:27:06]
 漢字などの象形文字系の記号と思われやすい顔文字だが、そこからシニフェを読み取る仕組みにはかなりな違いがある。
 いま私たち日本人がふだんに使っている漢字たちで、祖先としての象形文字を髣髴とさせるものは少ない。すぐに思い浮かぶものといったら、山と川くらいだろうか。
 その山川にしても、例えば(*^o^)や(T_T)から笑いや泣くという意味を読み取るのと同じ原理をしている人は、まず、いないと思われる。
 山・川というシニファンから山・川という意味を読み取れているのは、私たちがなんらかの方法で学んだからに他ならない。
 私たちが言葉を学ぶ場合の大半は、記述言述のコンテキストからその言葉の意味を推定することから始まる。そして、暇な人や熱心な人は辞書を引いて裏付けをとることだろう…国語辞書には現実のコンテキストの中で活躍している言葉とその意味の代表が登録されていく…あらかじめ辞書に載っている言葉とその意味を覚えてから現実の中で使うということはめったにない…それを漢字に限っても、先ず国語辞書で(字体と意味を)知ってからのち現実生活の中で使うということさえ非常に少ない(外国語習得の場合はそれが反対になるから、大方の日本人は英会話が下手なのでφ(ー"ー ) ...得意な人というのは日常生活のなかで習得しているはずだ)。

 さて顔文字の場合は、嬉しい(あるいは詰らぬ)ことに学習の必要はない。ある程度の意味を規範する辞書というものもない(顔文字辞書というものがあるが、大雑把に「笑う集」「泣き集」などと区画してあるだけ)から、記する側も読み取る側も「感覚」だけが頼りという覚束なさと自由がある。その覚束なさは、コンテキストの中に置くことでかなり(普通の文字の場合よりも遥かに、かなり)補填されはするが。
 一般的な意味での学習のいらない「感覚」とは、コモンセンスといってもいいかも知れない。だからそこに顔文字の限界面が見えてくる。コミュニケーション手段であるにも関わらずパターンの社会的規範が希薄ということは、けっこう「不自由」なものだ。あるのか無いのか分らないラング(あるはずだが)がために、パロールでのダイナミズムが殆ど期待できないのだ。
 束縛からの解放…そういう形でしか私たち人間の「自由」はないのだろうか…なんて大仰な問題はそういうことを考えるのが好きな方たちにまかせておくとして(つまり、大層な難問に囚われることなく自由に、そして軽妙に)(^^♪文字のことを考えてみたい°゜°。。ヘ(;^^)ノ

PS 以上の文章の中で(*^o^)と(T_T)だけが文脈進行のなかで記入されている。ほかの顔文字は後からレイアウト感覚で挿入されたものだ(用い方も違う)。
 このことから、顔文字はコミュニケーションのエクリチュールに多用される(少なくも(p_@)の場合は)ということが判る。掲示板という名とは裏腹に、ここはコミュニケーションが目的よりも、主にエクリチュールによって考えるための板だから。
 一人称代名詞として (P_・;)などを使うのは、コミュニケーションを意識したときなのだろう。考えている最中は一人称代名詞など意識しないものだ。
                  @(^ω^ノ)ノ顔文字の四枚目へ
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(・ω・ノ)ノ下からの続き
はるおまつみ 記事数 [2]最終更新日時 [2006/02/15 16:59:23]
 表音記号・アルファベット表記を使うエクリチュールと日本語の漢字かな時にはアルファベットおまけに顔文字混じりのエクリチュールとでは、そのシニフェはかなり異質なんじゃないか。いや?逆に!シニファンが異なっている分、そのシニフェは共通性というか互換性が高いかも知れない。異質なのは、シニファンからシニフェを醸しだす構造なのだろう。
 ソシュール以降も以前もから、欧米の言語学そして記号論は表音記号に即して語られていて、日本人からみるとどうしても異質な感じがつきまとう。たぶん彼らネイティブはアルファベット表記を「音」として捉え、その音シニファンによってシニフェが醸し出されているのだと思えてならない。
 欧米ネイティブの聴覚障害者なら日本人のエクリチュールの感受の仕方と似ているのではないか。日本人の一般健常者でも活字中毒者クラスになると、聴覚障害者がするエクリチュールの視覚感受と殆ど同じではないかなどと考えてみる。
 自分の例では、音声による言語活動を聞いてもいったん漢字かなカナ混じりに変換してからでないとよく理解できないようで、会話が苦手なのはそのせいだろうと。

 このことは当然、れいの右脳/左脳、言語脳/音楽脳の発達・優位面と関わってくるはずだ。
[(p_@)はこの説を、物理的な脳の違いはどうでもよく、機能性の違いとして捉え、○○脳型という意味でいう]
 だからだろうか、デフォルトな人々に限れば、私たち日本語人よりも表音表記語民族の方が、どうしても「音楽的」に感じられる。
 ある年代の沖縄の人が漢字は(ある程度読めても)書けないということを知って思い当たったが、このごろのPOPミュージック・シーンにおける沖縄勢の活躍ぶり。
 刷り込み的な教育期に英語をネィチブとして(ひらがなを表音記号として)育てば、ヤマトンチュウよりだいぶ「音楽的」になれるだろう。トップクラスのラッパーが殆ど沖縄出身者なのは当然のことと言えるかもしれない。

 制限字数の1500字には収まりきれず、二回に分けてまだ「顔文字」まで行き着けない。
 顔文字のことを語ろうというのに、それ自体に行き着くためにはこれくらいの範囲から羊群を柵内に追い纏めるような作業が必要なのだから、エクリチュールを語ろうというのは、ことほど厄介(\.Y/.)(\.Y/.) だっちゅーの♪

PS 読み直して気付いたことに、顔文字はアルファベット表記文よりも日本語文の方に馴染み易いという道理が(なぜ(p_@)が顔文字好きなのかまで)導き出されているではないか。どうりで、欧米の顔文字というのが日本製のよりもだいぶ貧弱なわけだ。英数記号から出来上がっている顔文字なのに皮肉なことである。
 その点では中国語もそうだろうが、漢字カナ平仮名混じりにアルファベットまで紛れ込ませて平気な日本語文の方が遥かに柔軟に受容されうるわけだ(゚-゚)(。_。)(゚-゚)(。_。)
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(・ω・ノ)ノ
はるおまつみ 記事数 [5]最終更新日時 [2006/02/15 17:11:16]
 木暮里のコンテンツ中、最も膨れそうなのが「エクリチュール&Book」であることは謳ってある通りだが、なにしろ過去に既出のものだけでもなかなかの量で、またそういうものを整理して並べる作業というのは人のCPUにとって退屈でサクサクとは進まない。
 サイズが次に大きいのは「ハーブ」だが、これはもっぱら写真をスキャンして取り込む作業が殆どで量的にいくらあろうとも、もう増えることはなくこなした数だけ確実に残は減るのだから、物理的な作業時間がどれほどかかろうとも、ストレスにはならない。
 だが、エクリチュールの方は既出のものを掘り出してスキャナでテキスト化して取り込むという物理的作業を思うだけでも退屈そうで、まだゼンゼン手を付けていないから、昔の和文タイプの活字がOCRで読み取れるのかどうかも分らない。手書きを読み取れるくらいなんだから、できるとは思うけれど(;´Д`A ```
 さらに、退屈なら退屈のままか少しばかり面白くなる程度ならよいが、悩ましいのはそれらが生物であるということだ。ウイルスのような半生物なのかもしれないが、寄生主のCPUに入り込んだとたん生物体となり猛烈な勢いで増殖しだし、たちまちのうちにメモリの80%ほどを占有してしまうのだ。それも、たった一種によって。
 そういうことを考えただけで相当なストレスになり、血糖値と血圧がグンと跳ね上がる( ̄▽ ̄;)!!(;_ _)O パタ..中年になってしまった悲しさであることよのう(O.O;)(oo;)uuu…

 この頃とつおいつ考えているのは、顔文字のこと。
(P_・;)はこれが好きで、例えば憲法の条文なんかにも用いてもらいたいと思っているくらいだ。(ノ^^)ノ(((((●〜*
 顔文字を真正面から取り上げる言語学者はそういないらしく、大修館書店の「言語」に一個あったが、小文だし物足りない内容だった。
 敬語の使い方、タメ口の使い方、などと同じ座標軸上に顔文字を持ってきてもなんも面白くない(-。-)y-゜゜゜
 やはり、コンテキストの中においたシニファンとしての顔文字から、どのようなシニフェを感じとれるか…それを個々にばかりではなく、そうした原理仕組み成り立ちの構造を考えてみることが面白い。顔文字は、レトリック機能の一面をかなり派手にデモンストレーションしていると思うから。
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WEEDS GARDEN〜Webマスターのマスターベーションorオーナーのオナニ
はるおまつみ 記事数 [1]最終更新日時 [2005/11/13 18:58:35]
(・ω・ノ)ノ いくら無料サービスとはいえ、いまどきこんな低機能な掲示板は使い物にならない。
 とはいえ、広告も付かないホンマのフリー掲示板せっかくだから利用しない手はないので、以下のコンセプトをもって設置公開することにしました。

@ 本形式掲示板をWeb木暮里の各コンテンツにそれぞれリンクし(複数となる)、そこへ今後掲載して行く予定の内容の下書き・メモ・思いつき・覚書を気まぐれに書き込むものとする…掲示板の機能上テキストに限られる。
A 上記の書き込みに対してのレスとしてなら、ビジターも自由に書き込めるものとする…どしどしカキコして頂きたい…レス以外の内容のカキコは普通の掲示板の方へ。
B Webサイト側のカキコの印しとして、タイトルまたは本文冒頭に(・ω・ノ)ノを置く。ビジターの方には顔文字を使わないか他の顔文字にしていただく。
※メモ覚え書きであるから、思いつきの付けたしや、誤字脱字脱語はむろん舌足らずの補足や書き違いの訂正、より良い表現への書き直しなどはのべつ行うが、しかし、考え方の変化や軌道修整の類は、既成文を書き直すような勿体無いことはしないで、新スレを立てて書き育てることにする。
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