サザンオールスターズ’BBS
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世界プルルン滞在記
世界プルルン滞在記 記事数 [1]最終更新日時 [2012/02/14 12:06:55]
キタキタキタ!!!!遂にこのサイトが始動しました!http://www.kingandqueens.info/movies
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おとといFM岡山で
うるかみるく 記事数 [1]最終更新日時 [2006/02/13 19:25:13]
N渕さんの特集をしていたんです。なんでもアルバムかなにかの連動企画らしいですね。しかもDJが「岡山はNの第二の故郷」と叫んでた。

ええ、すぐさまクラシックのCD(ショパン♪)に切り替えましたとも。

そんな番組、聴くわけないじゃないですか。第一、ファンに国歌斉唱を強要するなんて(そういうコメントがラジオで流れたことがあった!)、頭がどうかしてます。それって君、本当に「アーティスト」かい?
どうせならI.kさんみたいにパンク調で歌うとか、ちょいとひねってくれないと。映画の主題歌を歌っているくらいで、でかい口叩くなーって思っちゃいました。

ユング理論はよくわからないのですが、フロイトならとりあえず知ってます。桑田さんの自己反省?の歌詞を勝手に自己に投射して被害者妄想に走るくだりは、なんとなく判る気がします。
やることやってたから、勝手にお怒りになったわけで。
悪いのはご本人ってことですよね。(-.-;

最近思うんですけど。
「男らしさ」と「男くささ」を同一視する風潮って、どうなんでしょう?
それって、なにか間違ってませんか? 大事なことを見落としてませんか?

あたしゃ、「女くさい」奴には死んでもなりたくないです。といいますか、あがいても、なれない。絶対無理。(^^;
ではまた。ちかぢかエクリの掲示板でお会いしましょう。
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ストップ薬物
成坊 記事数 [1]最終更新日時 [2006/02/10 23:23:39]
いやはやすごい記事ですね。読み応えありました。
サザンのファンになる前からN渕は嫌い。
薬物やってる(やった過去も含めて)自体が許せないんですね。
だから当然、尾崎豊も嫌いです。
どんなに綺麗で素敵な曲を残したところで
「薬物中毒で死んだ人」ですから。
彼をいまだ崇めている人たちの気が知れないです。
「私生活は平凡すぎるほど平凡で極々真面目な普通の人」で
「曲作りに関しては尋常でない才能を発揮」し
「ステージでは普通でないはじけ方」に徹する桑田さんが最高。
 STOP 薬物ッですよね〜。
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(・ω・ノ)ノすべての自分に懺悔しな6/6
はるおまつみ 記事数 [1]最終更新日時 [2006/02/02 23:28:55]
 フォローというわけではないが、N淵あるいはバカヤロ様のことを「それでもよし」とはしないだけで@(^ω^ノ)ノ的には嫌いじゃない。特に、毒を喰らわば皿までいてまえとばかりの薬物中毒からの脱出策?なんか、いかにもバカっぽくて痛快だ。
 有名人の場合、社会的影響を考慮して事前に何回か警告がなされるという。しかし、そんなくらいで止められはしないからの薬物中毒の怖さ、たいがいは逮捕に至り、実質は隔離治療に相当する懲役刑となる。まさか、捨てられた男への恨み仕返しで手首切るヒステリもどきの「逮捕志願」ではないだろう。逮捕の報を受けてN淵は「覚悟してる。立ち直りたい」と漏らしたというから、人生張った荒療治の思惑が無意識にあったのではないか。
 でも「立ち直り」後のN淵には感心しない。どんな内容か全く知らない無責任な印象だが、人間様とかナントカ妙に神妙な悟ったような「売り」はいかにも胡散臭い。シャドウ理論からすると、不埒三昧のバカヤロ様を表に立てていた頃は、内部には自然と味のある人間様が育ちつつあったわけだが、その反対をやってしまっている危惧がある。そっちの方が、以前よりずっと嫌な奴だもの。
 復帰後も、クスリ以外は前のように、いや以上に軽佻不埒に振舞って欲しかった。そして、<すべての歌に懺悔しな>をカバーしたら好かったのに。まだ懲りずにやってるのか!と世間のブーイングも高まった頃、♪ゆうべもゆうべ脳ミソ垂らして女に媚を売る 街中みんなのお笑い草だぜバカヤロ様がいる〜観客は一瞬シーンと静まりかえり、次の瞬間大喝采〜目に見えるようだ。この歌は桑田佳祐よりN淵が歌った方がずっといい。商業的にも大成功すると思う。ニセモノは所詮ホンモノには敵わないのである。

 最後に…もしも魔法使いに誰でも三人選んで一席設けてやろうと言われたら、カラオケスナックにでも桑田師匠とN淵とホリエモンを呼んで騒ぎたい。
 ホリエモンの裸踊りをバックに、桑田とN淵の豪華ギター伴奏で、
♪今は君のために飲もう 僕も風と共に行こう
♪憐れ君のために泣こう 僕も同じ夢を見よう
 ♪すべての自分に懺悔しな〜
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(・ω・ノ)ノすべての自分に懺悔しな5/6
はるおまつみ 記事数 [2]最終更新日時 [2006/02/04 18:28:45]
 俗に桑田VsN淵論争と言われているほどのことはない。「許さない」「卑怯なこと言わずに、ちゃんと謝れ」「殴りこんでやる」とN淵が一方的に吠えるのに、「それじゃ、用心棒を雇わなくちゃな」というような風聞がマスコミに流れたくらいだった。
 「言い寄る女と客*とがそれでもよしとする」汚濁したロック界のイメージ、それを揶揄していることは正気の頭にはよく判ることだが、いかんせん歌った人の私生活が真面目過ぎた。「自分を含む芸能ロックシンガーと言っているが、バカヤロ様の所業一つとしてやってないくせに」というN淵の思いだったろう。たしかに、口先だけでキレイゴトを並べるオッサンの逆バージョンだった。かといえ、それで桑田佳祐を責められはしないが。
 N淵にとって全く無視されることほど腹立たしいことはないだろう。このケースで@(^ω^ノ)ノだったら、あんなバカ相手にしてられない嫌悪感から無視しきるところだが、桑田佳祐はライブツアーのステージでバンダナキャップを付けて現れ「N淵です」と言ったり、問題の歌のときには「文句あるかあ〜!」と拳を振り上げたりして、相手をしてやっていた。謝罪はあくまでも「飛火」した迷惑へのことであって、個人攻撃をして悪かったという謝罪なら、そんな言動をするわけがない。それは、自らシャドウの投影を買って出たバカへの友としての対応としか見えなかったが…。
 だが、翌年早々のN淵逮捕により、桑田佳祐の思いは暗転したはずだ。
 これで世間に、歌のモデル=N淵という図式が確立されてしまったという自作への思いは些細なことで、もう一つの暗雲のような何とも遣り切れない思いに苛まれたことだろう。それを(コマーシャリズムに係ることも含む)具体的には書かないけれど…ここまで読んでもらった桑田佳祐ファンには充分察せられることだから。
 だから、この件は両者にとって世間からは忘れ去られた方がいいのだろう。 ファンの一人として、いずれは書き残しておこうと思っていながら今さら蒸し返すことも…という思いから躊躇っていたけれど、たまたま去年サザンファンの二人の女性から「あれって、N淵のことだよね」と質問というか同調を求められ、十全にこちらの見解を伝えるためにはここまで書いてきたくらいのことをメールしなければならないし(..ゞ という経緯があった。この件をリアルタイムで知ることのなかった彼女たち(同い年)のように、若く(゜ε゜;)新しいファンも数多くいる。いずれは耳に入ることなら、最も好ましくない「見解」でインプットされることは可能な限り避けたい。自サイトに載せたって大河の一滴にもならないが、そこはインターネットの世の中に期待して。
        @(^ω^ノ)ノ次の板でなんとか終わりそう
  * はレス板に
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(・ω・ノ)ノすべての自分に懺悔しな4/6
はるおまつみ 記事数 [2]最終更新日時 [2006/02/01 18:20:26]
 CMソングとしても流された<すべての歌に懺悔しな>が収められている「孤独の太陽」*は桑田佳祐にとってエポックメイキングといえるアルバムで、エンタティメントの流行作家が一転して書いた(自身のことをリアリズムで書くとかいう在来手法でない)私小説という趣があります。反戦歌や政治や社会を憂いた歌もあるけれど、それらも社会に向けて声を張って訴えるというより、たんに個人として内向的に問いかけ嘆いている感じがします。
 悲しみや失望の側からしか見ることのできない希望の形を、この曲は確かに生々しく持っているような気がする(スガシカオ)<JOURNEY>をラストトラックとし、一生かけて作りたいと思っていたアルバムに非常に近い(GLAYたくろう)という「孤独の太陽」に、チンケな個人(それもN淵ごとき)攻撃の歌をどうして収めなければならないのだろうか。
 この歌世界を作る際の桑田佳祐には、シャドウの君に限りなく似ているらしいN淵の存在などカケラもなく、そのくらいのことは(シンガソングライターの芸歴も長い)N淵にも感じられたはずだから、「誹謗中傷揶揄コケにされまくってるのに、作者の眼中に俺の存在のカケラもない」という二律背反の悔しさがヤク中患者特有の被害妄想と混濁し、歪んだ怒りを脹らませてしまった。
 
 ハロー、べーべのドラゴン退治では、ホリエモンの名を借りた不明を恥じるのは当然**として、「違う話にとられちゃうじゃないかよ」とガッカリ怒ったくらいだから、言い掛かりを付けられた上に歌の誤解釈を流伝されてしまった桑田佳祐の心中いかばかりか察せられる。
<すべての歌に懺悔しな>のモデルはNだのYだのとマスコミが騒然となったことで、桑田佳祐は記者会見を開き特定の個人ではない旨コメントし、特に取り沙汰されたNとYに謝罪文を送ったという。コメントは自作が誤解されないように相応の措置といえても、謝罪は余計なこと(\.Y/.)(\.Y/.) だっちゅーの♪
 モデルではない旨のコメントは自作のためにしたことで、人の善い桑田のことだから、火の粉が飛んだ二人には「迷惑かけました」と詫び状を送ったのだろうが、そんなもん、どう表現してみても「街中みんなのお笑い草だぜバカヤロ様とは貴殿のことだとマスコミが騒いでご迷惑をかけました。貴殿をモデルにしたものではありませんので悪しからず」という意味にしかならないよなあ。N淵がぶうたれ始めたのはその後のことだし、二人に「詫び状」を送ったことは返す返すも失敗だったと思う。
 歌を作る過程で特定の個人は視界になかったにしろ、CDの形になりCMソングとして流されるまでの期間に、誰かに似ているなと視界に入ってきたり、周囲からの指摘もあったと思う。が、その時点ではN淵のことは浮かんでなかったのではないか。成り上がりを掲げるYなら、スーパースターだヨロシクくらいのことは言ってるだろうから、♪スーパースターになれたのは世渡り上手と金まかせ〜はピッタシ当てはまる。けれど、彼のキャラなら問題にならないと確信に近い思いがあったろう。事実、「お互いに表現者、気にしてねえよ」だけだった。たぶん、俺のことだろうがなかろうが。
   五枚目になっちゃった@(^ω^ノ)ノ  *印はレス板に
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(・ω・ノ)ノすべての自分に懺悔しな3/6
はるおまつみ 記事数 [1]最終更新日時 [2006/01/30 11:59:25]
 この「N淵騒動」からは、ドラゴンというより典型的なシャドウが見出せます。
 騒動後しばらく後の「N淵逮捕(薬物使用)」に至り、あくまで内面的にですが、最大の被害者は桑田佳祐となった……それまでの彼には何ら被害感はなかったと思います(狂犬に吠えかかられたことに被害感を持つなら別ですが)。
 心の深層に潜むシャドウは、現実の当人とは相反する性格を帯びています。偽悪家や露悪趣味の人の素顔が概して「善人」で、きれいごとを高らかに並べ立てる人を胡散臭く感じるのは、このシャドウが見え隠れしているせいでしょう。
 冗談美談でふんぞり返って何処かでパクった小言を連呼する 濡れた花弁にサオ立てて口説きの文句はお手のモノ 儲かる話とクスリにゃ目が無い常識なんかは通じねェ TVにゃ出ないと言ったのにドラマの主役にゃ燃えている…これらは、私たちファンが知っている桑田佳祐像と正反対のもので、「常識破り」などはB型羨望のA型人間・桑田佳祐の憧れとさえ感じます。デビュー当時からTVに出たがりを売りにして、芝居のセンスにゃたけていないと思っているのか、監督をやった自作映画ではチョイ役でさえ出なかった。
 プレイボーイ淫行のスター特権を行使しないのは、「性病など感染症に弱いため生理的に避ける傾向にあり」「誰かを傷つけることになるのを懼れ」「きちんとしたけじめと枠組みに囚われてしまう」A型人間の遣る瀬無さ故なのであって、けして、色を好まず品行方正だからじゃないんだ、そう思われるのは照れくさいからと、オッパイ見せて乳首見せろはまだ品のいい方で過剰なまでに卑猥な言葉を口走る…あまり好ましくないシャドウは抑圧されるほど増殖し暴発しやすいので、ガス抜きをしているわけでしょう。
 スーパースターになれたのは…およそ日本人の誰が何処から見ても<スーパースター>以外の何者でもあるまいという現在においてさえ、「スーパースターになれた」とは思っていない、いや、思えないという若干性格病的なところがありますな。謙遜しているのではなく、「こんな程度のたかが日本国内限定のスーパースターなんか意味ないじゃん」と思っているから、「逆そりサンタのメニメニーコスリマスマスマスマス…」*などと口走るのでしょう。たしかに、そんなスーパースターはいないよね。 *FMワンダーランド優しい夜遊び
 今は君のために飲もう 僕も風と共に行こう♪憐れ君のために泣こう 僕も同じ夢を見よう
 ♪すべての歌に懺悔しな
 これほど見事に己の影を見つめ歌い上げた例は他にあるかどうか…シャドウとは自己のネガティブとして表われた、いわば「友」なのだから。
 それぞれシャドウに託した言動は小説家や詩人がそうであるように「風聞」(ほど影に相応しいものはない)を拾い集めたものなので、実在の特定人物と思われないよう思い切りカリカチュアとデフォルメしてある。こんなクソみっともない「スーパースター」いるわけがない。
 そもそも歌を生業とするほどの人間に必要な感性の持ち主なら、スーパースターと称されていることだけでもイケシャアシャアと自分のことだと言えるものじゃない。
 ところが、いたんだよ、わざわざ名乗り出た奴が…おい、お前スーパースターか!クスリやってるのか?ヤバイよそりゃ。
  もう1枚増えちゃった@(^ω^ノ)ノ
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(・ω・ノ)ノすべての自分に懺悔しな2/6
はるおまつみ 記事数 [1]最終更新日時 [2006/01/27 20:38:47]
 私たちの国にはかつて、ゴゥトウ慶太・ピストル堤と呼ばれた「乗っ取り屋」がいました。しかし彼らは、鉄道を敷設し巨大デパートを建て街造りを行いました。それだけの実績があれば、功罪を秤にかけるようなケチな善し悪しは越えて「ドラゴン」足りえるでしょう。その点では田中角栄も同様で、もし長寿してピーナッツ事件で有罪判決が確定していたとしても、その資格は充分といえます。これまでのところ我が国の「ラスト・ドラゴン」ですか。
 ホリエモンも「違法でなければ何をしてもいい」と株を買占め企業買収を重ね「株価世界一」を目指しました。空虚な数字だけの世界一とはいえ、達成されればむしろデジタル時代に相応しいドラゴンとなりえたでしょう。
 そうしたドラゴンたちを崇拝する人たちもいますが、多くの人々は敵視するかバカにしたり無関心を装うでしょう。ですが、 (P_^;)もその一人である後者の人々の心の深層にはドラゴンの幼獣がドラゴンへの欲望が棲みついてはいないでしょうか。
 外部の存在であるドラゴンの所業を否定していても、自分がそのような機会と立場にいたら同じような行いはしないと確信できるのか、たんに「自分にはとうてい成しえないことだし」と直視せずにすましているだけではないのか。崇拝する人たちは自分内部のドラゴンの存在に気付いているだけ一歩、少なくとも半歩、ドラゴン退治に近付いているのかもしれません。
 そうした内部ドラゴンと対決して乗り越えることが、ユング心理学などでいうドラゴン退治であり、外部の現実社会のドラゴンは自心の中のドラゴンを投影しているに過ぎません。シャドウも同じ理屈です。
 さて、ドラゴンを投影しえるかと思われた現実存在のホリエモンはというと、所詮はデジタル数値だけで成り立っているようなIT危業だというのに、その「数値」を違法に操作して逮捕されてしまった……結局、実質的に価値あるものは何も産み出さず、巣食った資本主義社会のヘドロ層を掻き回して汚泥を噴乱させただけに終わり、ヘドロ層の存在を目立たせた効果はあったにせよ、とてもドラゴンの器ではありませんでした。
 ハロー、べーべというお話しゲームは、私たちが対決しなければならない真のドラゴンを現実存在のホリエモンに投影したアレゴリー的RPGという、そこそこ気の利いたつもりのものだったのですが、投影対象の現実がああいう情けなさでは、たんに、彼の悪事が露見して破滅するであろう予言めいた詰らぬ風刺ドラマ程度に思われかねない、まったく迷惑な話(笑うところ)です。
 その辺の構図が、あのN淵騒動に遭った桑田佳祐の困惑とよく似ていると感じたのです。
                すべての自分に懺悔しな3/5へ続く@(^ω^ノ)ノ
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(・ω・ノ)ノすべての自分に懺悔しな1/6
はるおまつみ 記事数 [1]最終更新日時 [2006/01/27 20:32:43]
金持ちよりは数段魅力的な暇持ちの方はこのゲームをやってみてください。
  ハロー、べーべ! http://avg-maker.com/253563.html 
 金も暇もない我が同士には、貴重な時間を割いてこの一文を読んでいただくだけでも結構なことです( ^_^)/□☆□\(^_^ )
 URLの自動作成物語ゲームは、ホリエモンに奪われた「みんなの環」を主人公が取り返す一大スペクタクルで、昨年の夏に作って一部にリンクしてあったものです。
 それを、リアルのホリエモン逮捕を受けて何故ここに書くかというと、いずれは触れようと思っていた<すべての歌に懺悔しな>でのN淵(偶然にもホリエモンと同郷ですな)との一件と、構造的によく似ていると思えるからです。
 
 ハロー、べーべ!のクリア・エンドには何パターンかあるようですが、狙いは主人公に化身したホリエモンと闘う下記のシーンでした。
>べーべはサムライ・ソードを手に取ると、ホリエモンと向き合った。
自分と戦うのは恐ろしかったが、ここで逃げるわけにはいかない。
べーべは果敢に挑みかかり、自分自身と戦った。
それは人生そのもののような戦いだった。
戦いながら、べーべは自分の過去の、いくつものエピソードを思い出していた。
剣を交えれば交えるほど、べーべは大小のさまざまな傷や心残りを、超えられることを確信するのだった。
憎しみと恐怖は、やがて希望と優しさに姿を変えた。
(さよなら、アタシ!)
「でやあッ」
べーべの剣が敵の身体を貫いた。
「フ…」
ホリエモンはべーべの顔で笑い、崩れ落ちた。<
 分析心理学の概念で喩えれば、このゲームのコンセプトはドラゴン退治であり、それは資本主義社会に生きる私たちにとっての父性像であると同時に、シャドウ=負としての、あるいは可能性としての=実現できなかった自分身でもあるドラゴンと対決し超えて行く物語だったのです。φ(ー"ー ) ウ〜ン
              @(^ω^ノ)ノすべての自分に懺悔しな2/6へ
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(・ω・ノ)ノさざんリアリズム小話その1
はるおまつみ 記事数 [1]最終更新日時 [2006/01/10 01:40:04]
 共に九十代になって矍鑠たる桑田夫妻、NHKのど自慢に出場。
 ロボット・バンド・オケに乗って、原婆のレゲエダンスのイン
トロから始まるBOHBO No5を(司会者が止めるのもきかず)フルコ
ーラス歌いきる。
司会「いやあ、さすがに現役時代ロックバンドで共稼ぎしていら
したご夫妻だけあって、タイシタものですね」
桑田「ええ、チューブってバンドでけっこう人気あったんです
よ。えっ…サンボマスターだっけ?」
司会「お二人が仲良く元気でいられるコツはなんでしょうか」
桑田「共通の趣味、楽しみを持つことですね」
司会「それはなんでしょう?」
桑田「セックス」
 卑猥な仕種をしたので、司会者大あわて。
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(・ω・ノ)ノキラーストリートを歌うなら
はるおまつみ 記事数 [1]最終更新日時 [2005/12/18 22:08:21]
 もしも魔法使いに、キラーストリート収録の新譜の中から三曲
だけ誰もが聞き惚れてしまうほどの歌唱力を与えてもらえるなら
Rock'n Roll Superman ・ごめんよ僕が馬鹿だった・八月の詩
に、やっとの思いで絞り込めてきた。むろん、次点のセイシェル
以下数曲と僅差である。
 さらに、一曲だけ桑田佳祐と同等の「味」で歌えるようにして
やると言われたら、Rock'n Roll Supermanと八月の詩が鎬を削っ
た末に、出だしの詞の好感度の差で後者に軍配が上がるだろう。

「味」というのは、夜もヒッパレという番組だったろうか、時の
ヒット曲を本人以外の歌手などが歌う趣向で「あなただけを」を
尾崎紀世彦が歌ったときのこと。曲調と彼の歌唱力と照らして、なかなかいい組み合わせだと思った。
 そのとき「桑田君の曲は好きなんですけど、ぼくに歌えるかな
あと思った」という発言があり、司会の三宅が「え?そんなに難
しい歌なんですか?」と驚いたふうに、「いや、彼みたいな味が
出せるかなあ…と思って」
 なんといっても、あの尾崎紀世彦の言である、しかも専業ボーカリストが言うのだから、この「味」はちょっと凄い。
同等の「味」を醸すには魔法くらいは必要だろう。

 魔法の一曲の差は、♪恋の終わりは惨めなものね〜と♪愛で向日葵が揺れている〜の差だけと言っていい。
 八月の詩のLyricのなかでただ一ヶ所惜しいのは、〜大事な命も惜しくない〜のフレーズ。これはメロディに合わせただけの詞と感じる。
ふさわしい詞が浮かばなければ昭和の桑田師匠なら、
♪ミスター・スイズラがいてくれたら〜のような訳の判らない言葉を貼りつけたと思うが…
 その辺は、♪恋の終わりは惨めなものね〜と♪人間は誰もが悩み抱えて〜というRock'n Roll Superman の出だしと同種の難点で、
「お笑い」でいう「掴み」ともいえる冒頭に♪愛で向日葵が揺れている〜を掲げた「八月の詩」を選んだ理由となる。
 蛇足だが、私がこのフレーズから感じるのは、ギラギラ輝く光の中に揺れているヒマワリである。

PS お気に入りのLONELY WOMANが、また今年もお預けとなったが、八月の詩も歌われなかったのだ…ナンテコッタ( ̄曲 ̄)
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(・ω・ノ)ノ スネアのスナッピー
はるおまつみ 記事数 [1]最終更新日時 [2005/11/13 21:59:03]
 Mr.ブラックジャックのセルフ・ライナーノーツに、ドラムのスネアのスナッピーとやらが途中で切れたとある。
 http://kopori.net/の非公開頁に置いてある「Mr.ブラックジャック」編集版を楽器に詳しいある人の掲示板に貼り付けて、どこで切れたでしょうと問題を出したら、(編集版で)1分35秒の所と答えがあった。ぼくは3コーラス目に入る間奏の頭の所と勘違いしていたから54秒くらいの所と思っていたのだけれど、ノーツを読み直したら3コーラス目の後、間奏!と叫んだ所とあって、まさに1分35秒のところだった。
 答えた人はこの曲がサザンのものとは全く知らなかったので、(始めの方と1分35秒過ぎとでは違うことくらいは素人耳にも聞き分けられるものの)真に耳でピンポイントを聞き分けたわけだから、さすがだなあと思った。
 勘違いしたのは、3コーラス目に入ってすぐに、いかにも「切れちゃったよ〜」という感じのヒロシのらしい笑い声が聞こえるから、てっきりそうだと思い込んでしまっていた。
 あの笑い声はなんなんだろう。
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WEEDS GARDEN〜Webマスターのマスターベーションorオーナーのオナニ
はるおまつみ 記事数 [1]最終更新日時 [2005/11/13 18:41:06]
(・ω・ノ)ノ いくら無料サービスとはいえ、いまどきこんな低機能な掲示板は使い物にならない。
 とはいえ、広告も付かないホンマのフリー掲示板せっかくだから利用しない手はないので、以下のコンセプトをもって設置公開することにしました。

@ 本形式掲示板をWeb木暮里の各コンテンツにそれぞれリンクし(複数となる)、そこへ今後掲載して行く予定の内容の下書き・メモ・思いつき・覚書を気まぐれに書き込むものとする…掲示板の機能上テキストに限られる。
A 上記の書き込みに対してのレスとしてなら、ビジターも自由に書き込めるものとする…どしどしカキコして頂きたい…レス以外の内容のカキコは普通の掲示板の方へ。
B Webサイト側のカキコの印しとして、タイトルまたは本文冒頭に(・ω・ノ)ノを置く。ビジターの方には顔文字を使わないか他の顔文字にしていただく。
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