しばらくのあいだ、青春のころの私のBob Dylanに旅したいと思
います。
仙台に学生として6畳風呂なしのアパート暮らしをしていたころの
話です。
仙台駅を朝7時過ぎの急行に乗り、向かった先は上野駅。午後も3
時ころになっていて、地下鉄で飯田橋下車。「大きなたまねぎの
先っぽ」がありました。コンサートは午後9時過ぎまでやったよう
な気がします。10時半ころの上野発の夜行に乗り、朝5時ころに仙
台に戻ったような気がします。若さだけがとりえのころですね。
コンサートを選んだおかげで、落第点の授業の再試験を受けなか
ったために、社会学を2年もとることになってしまいました。
LPは、「武道館」に変わりました。パチパチとスクラッチノイズ
が入ります。だいぶ聞いたからなぁ。
13人編成のラスベガスのショーのようだと酷評した人もいたよう
ですが、私はギター1本のDylanに固執する必要はないと思いま
す。いかなる形でもDylanはDylan。何者でもないのです。
私の敬愛する、神様Dylanなのです。
私のこのHPでも拓郎さんのコーナーで、初めてのDylanとの出会い
が書かれてあります。この日、まばゆい真っ白な光の中に、真っ
白なスーツのDylanが現れたのでした。神々しいまさに神そのもの
でした。でかいはじめての武道館に驚き、3階席ではありましたが
音は鳴り響いておりました。
アンコールが終わり、外へ出ると本物の雷が鳴っていました。ま
さに彼が呼んだものと確信しておりました。
彼が日本を去るときに、音楽を志す日本の若者へ一言という質問
に「アメリカに来い。アメリカが答えを教えてくれるだろう」と
いうようなことを話したといいます。このことを成人の年を記念
して開催された同窓会で、中学の恩師に話をしたところ「やってみろ」と
励ましてくれたのでした。「俺、きっと行ってみる」と約束して
はや30年が経過。
この恩師が英語の授業で「Nobody Knows I've Troubled I've
seen」を教えてくれた人でした。
この約束をして、何年も経たずして、
彼は天国へと旅立たれてしまいました。
未だ、約束果たしていないなぁ・・・・。自戒の念。
今日は、Dylanシグニチャワインの注文からこんなことを書いてし
まいました。
この余韻は当分続きます。
それにしても、LPは良いねぇ。