(続き)
環境の変化などで調子を崩すことが、この時ばかりではなく
(特に30歳代の頃は)時々あったのだけど
この度もノロノロ生活するようになった私に、旦那は特別な対応はせず
「調子悪ければゆっくりやれば」という感じで見守ってくれていました。
くすくすの最初の公演で、役者で参加しなかったのは役者をやる自信が
心身的に持てなかったから、というのがあります。
(その前にDAC(市民劇団)もこの理由で休団していました)
さてある日、何かの縁で上記のカフェを知り、
出かけて行って勇気を出して店に入ってみました。
ラショウさんのゲームに興味を持っていて、以前一度
違うお店でのゲームイベントに出かけた事もあったのです。
馬場のお店は一度入ってしまえば和やかでとても良い雰囲気でした。
で飲み物を注文して出してもらい、寝る・・のではなく、、、
ずーっとゲームをしていました^^
ラショウさんは自分で開発したゲームが入ったMacをお店に置いており、
無料でPlayさせてもらう事が出来ました。
ゲームは・・「あの素晴らしい弁当を2度3度」「難しい本を読むと眠くなる」
などという面白いタイトルと内容のレトロ感溢れる個性的なもので、
彼はゲーム開発の他に、絵や漫画、造形や、歌・お芝居などもやっていて
お店はカフェ兼アトリエといった具合でした。
私はぼうっとゲームをやりつつ・・たまにおしゃべりしつつ、、
ここでずーっとゲームしてる間に一生が終わればそれも好ましいなあ
などとも空想しながら
あまり人懐っこくない猫のチュウと、時に他のお客さんと、
夜のjazzバーの店長さんもたまにいる、ゆっくりた空間で、
無口に1〜2時間くらい過ごして帰りました。
そんなことが数ヶ月続き、
これがくすくすスパイスの最初の公演の時期とどうかぶってたか
確かな記憶はないのですが
ラショウさんとは「アマチュアだけどお芝居するんですよ〜」なんて
話もしたような・・気がします。
そのうち私は再び妊娠し、つわりも出てきてお店からは遠のきました。
妊娠初期は心身共につわり以外にも結構辛く、
しかし中期以降になると妊娠前の長い期間の鬱々はなくなっていって
落ち着いて出産準備にかかる事が出来るようになりました。
くすくすは2回公演が決まり準備が始まりました。
私は稽古に見学に行くことはあまりせず、
しかし春に無事出産した後は、公演場所も家から近いので
新生児を旦那に託して本番を見に行く事が出来ました。
「次回がもしあるのなら、またスタッフ参加したいものだ」と
楽しみに思うようになりました。
(下に続く)