「自己のエゴイズムを性癖で塗り固めたり、言い訳に使う人はこの
世界には多いのよ。
サディストだから自分は何をしてもいい、相手は奴隷だからどんな
事をしても良いって。
そういう風に自分の身勝手さに言い訳するのよ。性格と性癖は本来
別物なんだけどね」
葉月はこの人物が苦手だ。
「と、まあ、これはカレン・ホーナイっていう精神分析家の受け売
りなんだけど」
目の前でクスクス笑ってみせる、葉月はこの人物が苦手だ。
奴隷を相手にしている時はサディストとして、そして女王として優
越感に浸っていられるが、
この人物を前にするとそんな幻想も消えていく。
気持ちよく酔っているはずなのに急に覚めてしまうのだ。
「自分が出来もしないことを相手にしろって言う人間には誰もつい
ては来ないわ。
でも、そういう人間ほどこの世界、言いなりになる奴隷を欲しが
り、ご主人様、女王様になりたがるのよ。
それは単純に下卑た欲望だったり、つまらないプライドから来るこ
とも多いわ。
そんな人間は本来、人の上に立ってはいけないのにね。
私から言わせてもらえれば、ご主人様、女王様どころか、自己の欲
求もコントロールできない、
欲望の奴隷よ。
ねえ、葉月、貴方は上司から無理難題を言われた時、心の中でこう
反発しない?
『それじゃあ、自分でやってみせなさいよっ』ってね」
「ええ……確かにそう思いますわ、叔母様……」
葉月は自分の叔母がとても苦手だった。叔母が鞭を手に取り、自分
の掌に軽く叩きつける。
「武田家の武将だった甘利信忠という人は薬として渡された馬糞汁
を飲むのを拒んだ部下の為に自ら、
相手の目の前で馬糞汁を飲んで見せたそうよ。そしてその部下は感
激して、甘利に忠誠を誓ったの。
主従関係を築き上げるというのは、本来はこういうものよ。
互いの信頼を作り上げるというのは、暖かい春の日に花を育てるよ
うな穏やかなものじゃないわ。
むしろ、凍える真冬の日に地面に張った氷を割っていくような辛い
事なのよ」